こんにちは、Yutaroです。
今回は、英語が全く話せないまま挑戦したアメリカ横断一人旅のトラブル体験談をご紹介します!
21歳の僕が、準備ゼロのまま突如決行したアメリカ一人旅。結果、スマホを盗まれたり、ホームシックに耐えきれず途中で帰国するという、予想外の結末を迎えました(笑)
この記事では、そんな失敗の数々と、アメリカ一人旅の中で遭遇したトラブルや予想外の出来事を詳しくお伝えします。
この経験を通して、英語力不足や準備不足がいかに旅に影響を与えるかを痛感したので、これからアメリカ横断や海外一人旅を考えている方は、ぜひ参考にしてみてください!
失敗して学んだことについては、こちらの記事で詳しく紹介しているので、そちらもチェックしてみてください!

英語が全く話せない僕が決意したアメリカ横断一人旅の理由

高校を卒業後、引っ越し屋で働き始めた僕は、毎日が仕事と寝るだけの生活でした。休日も疲れ果てて何もできず、ただゴロゴロして過ごすだけの毎日…。
そんな日々を送っていた21歳の僕が、アメリカ横断一人旅 を決意したのは、自分を変えるための一歩を踏み出したかったから です。
自分を変えるために1人旅を決意
引っ越し屋で働いていた当時、プライベートはまったく充実していませんでした。
彼女もいない、友達もいない、学生時代の友達は大学生活を楽しんでいるのに、僕は過酷な肉体労働で遊びに行くことさえできなかったんです。
そんな中、土日だけ一緒に働いていた大学生の同僚が話す海外旅行や世界一周のエピソードを聞いて、心の中で嫉妬や悔しさを感じていました。
自分のつまらない日常に強い不満を持ち、変えたいという気持ちが強くなったんです。
「ただ仕事をして、休みの日も何もできない」そんな毎日を変えたくて、思い切ってアメリカ横断のバックパッカー1人旅 を計画し始めました。
英語が全く話せないという不安がありましたが、どうしてもその一歩を踏み出したかったんです。
ちなみに、このアメリカ横断を期に僕の人生は180度変わり始めました。その人生のターニングポイントをまとめた記事があるので、そちらも読んでみてください!

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無計画でアメリカ横断を決行!準備ゼロで飛び立った21歳の僕

アメリカ横断一人旅をすると決めた僕は、とりあえず引っ越し屋の店長に2カ月間の休みを告げました。
後になって怖気づいて行かなくなるのも嫌だったので、会社のみんなにも言いふらして退路を断ちました(笑)。
「無計画な旅に憧れるなら、とにかく勢いが大事!」 そう思い込んでいた当時の僕は、細かい予定を立てることなく、日本からアメリカのワシントンD.C.行きの航空券と、カナダ・トロントから日本行きの帰国便だけを購入。
予定はざっくりとこんな感じ。
- ワシントンD.C.からスタート
- ニューヨークなどの主要都市を観光しながらバスで西海岸へ横断
- シアトルからカナダに入国し、バンクーバー・トロントを観光後、日本へ帰国
移動手段も宿も未定!完全ノープランのバックパッカー旅。
「とりあえず行けばなんとかなる!」と、何の準備もなく成田空港へ向かったのでした。
バックパックは旅の相棒!選び方で快適さが変わる
持ち物は45リットルのバックパック1つに、
- 最低限の洋服
- デジカメ(当時はスマホよりデジカメ派)
- 地球の歩き方(アメリカ編)
- 100均の「旅行英会話フレーズ本」(これが後々まったく役に立たない)
- カロリーメイト(小腹が空いた時の為)
を詰め込んだだけ。
実はこの時から愛用していたのが、mont-bell(モンベル)のバックパック。旅行初心者だった僕でも背負いやすく、今でも現役で使えるほど丈夫。
特に、長期旅行やバックパッカー旅を考えているなら、安物より信頼できるブランドを選んだほうが絶対にいい です。安さ重視で選んでたら、すぐに壊れてアメリカで詰んでたかも…。
→ バックパック選びで失敗したくない人はmont-bellをチェック!
ワシントンD.C.に降り立つまでは、「俺、ついにアメリカ横断一人旅スタートだ!」とテンションMAX。
でも、ここから予想外のトラブルが次々と襲いかかってくることを、この時の僕はまだ知らなかった…。
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アメリカ横断一人旅で直面した8つのトラブル

2014年7月1日、午前10時発の飛行機で アメリカ横断一人旅 がスタートしました。
初めての一人旅、しかも憧れの アメリカ へ!飛行機に乗った瞬間からワクワクが止まらず、気づけば映画を3本も観てしまったんです(笑)
映画って、あんなに一気に観れるんですね。英語が分からないくせに、すっかり映画の世界に浸っていました。
10時間以上のフライトを経て、ついにニューヨークに到着!
いよいよアメリカ横断の旅が本格的に始まると思ったその矢先、事件が…。
【トラブル①】嵐の影響で飛行機が飛ばない
次の目的地、ワシントンDC行きの飛行機に乗り換える予定だったのですが、突然の天候トラブル!猛烈な雨が降り続き、空港内はまるで洪水のような状態に。
どうやら嵐の影響で、飛行機が飛ばないらしいという噂が流れてきました。今思うと、嵐ってどれくらいの規模だったんでしょうね。外の景色が見えないくらい真っ黒な雲に包まれて、まさに アメリカらしい 天気でした。
待てども待てども、出発の気配がない。周りは英語が飛び交っているけれど、当然、全く理解できません。
「え、どうしよう?」と思っていると、隣のオジサンが「アナウンスで言ってたけど、まだダメだってさ」的なことを親切に教えてくれたけど、何言ってるか結局わかんない(笑)。そのままひたすら待つしかありませんでした。
そして、3時間が経過した頃、ついに空港内の掲示板に「Cancelled」の文字が…。 Cancelled ってどう考えても「キャンセル」だよね?英語が苦手な僕でも、その意味だけは一目で分かりましたよ(笑)
その瞬間、僕の アメリカ横断一人旅 は予想外の方向に進んでしまったんです…。
この時点で、まさかのスタートから大きなトラブル。 無計画バックパッカー として、完全に予測不可能な展開に突入してしまいました。
何もかもが 自分の力ではどうにもならない状況 に変わり、焦りと不安が一気に押し寄せてきました…。
【トラブル②】空港カウンターで英語が通じない
飛行機がキャンセルされたことはなんとか伝わったものの、次に何をすればいいのか全然分からなかった僕は、ただ空港のベンチに座ってポカンと待つばかりでした。
旅のスタート地点、ワシントンDCからバックパッカー旅を始める予定だったのに、いきなりこんなトラブルに巻き込まれて、正直どうしていいか分からず焦るばかり。
結局、ニューヨークで降りることに決めたんですが、カウンターで「荷物を受け取りたい」と英語で説明しようとしても、まったく通じませんでした。
何を言っているのかもさっぱり分からず、お姉さんが言っていることを聞いているだけの状態。もう、お互いに困った顔をしてるばかりで、背後に長蛇の列ができていて、焦りが倍増。
その時、隣のレーンに並んでいた 中国系の女性 が「ワタシ日本語も話せますよ!」と声をかけてくれたんです。すごく嬉しくて、どこからともなく湧いてきた安心感!その女性がなんと通訳してくれて、ようやく問題が解決したんです。
本当に助かりました。無事に荷物も受け取れたし、最初は英語ができないせいでどうにもならないと思っていた自分が、なんとか乗り越えられた瞬間でした。
そして、彼女の冷静さと優しさに感動し、「英語を話せるようにならないと、この先どうにもならない」という思いが強くなりました。
その瞬間、英語を学びたいなと思ったんです。いつか彼女みたいに、サラッと他の人を助けられるような人になりたい、そんな風に思ったのでした。
【トラブル③】初日からニューヨークで野宿!?
救世主のおかげで何とかニューヨークで降りれたものの、すでに夕方だったこともあって、泊まる宿を探すことにしました。
ポケットWi-Fiをケチって契約していなかったので、スマホは外ではまったく使い物にならず…。そのため、「地球の歩き方・アメリカ編」を頼りに、安宿を探し回りましたが、見つからないんです!
地球の歩き方には、チェルシーというエリアに1泊2,000~3,000円で泊まれるバックパッカー向けホステルがたくさんあるって書いてあったんですが、実際に行ってみると空き店舗ばかり。まったく宿が見つかりません。
アメリカ横断一人旅は2ヶ月間の予定。安宿に泊まらないと、途中でお金が尽きてしまいます。1泊1万円以上するホテルには泊まれないので、必死に探し続けましたが、気づけば夜中の2時を過ぎていました。
重いバックパックを背負い、3万歩以上歩き続けた僕は、もう限界。疲れすぎて、どこかで休みたくても宿は見つからず、やむなくニューヨーク・マンハッタンの公園で野宿することに決めました。
初日から泣きそうでしたね。いや、泣いてたかもしれません(笑)
安全そうな公園を探しながら歩いていたんですが、深夜の2時、ニューヨーク郊外の公園では治安があまり良くない様子。ガラの悪い若者やホームレスがうろついていて、怖くなったんです。
僕は現金で100万円以上を持っていたので、さすがに心配になり…。その後、もう一度宿を探すことに決めました。
【トラブル④】クレジットカードなしではホテル泊まれない
初日の夜、バックパッカーホステルは諦め、普通のホテルに泊まることに決めました。
ニューヨークにはホテルが山ほどあるだろうと思い込んで、1軒目のホテルに飛び込んだんですが…。
フロントで「クレジットカードがないと泊まれません」と言われて、もう一瞬で頭が真っ白に…。
え、そんなのアメリカの常識だったの!?って感じで、思わず「クレジットカード?」って呟いてしまいましたが、相手は当然英語で答えてきて…。
その時、僕の英語力はまさに「赤ちゃん」レベル。初めての海外一人旅で、英語の単語すらろくに理解できない状況。
相手が言っていたのは、「クレジットカードなしではお泊まりいただけません」ということは、まぁなんとなくわかりました。
でも、僕が英語を話せるわけもなく、向こうも「アレ?」って感じで、めちゃくちゃ冷たく見えました。そんな冷たい目で見られたのは久しぶりでしたね(笑)。
その後、次のホテルでも同じ理由で断られたんですが、そのホテルのスタッフがなんと親切な人で、クレジットカードなしでも泊まれる別のホテルを教えてくれたんです。
どんなに心細かったか…。もう「クレジットカードがないとダメ」って言われた瞬間、心の中で「俺、マジでどうするんだ?」って絶望してました。
そんなこんなで、地図通りに歩いていくと、やっと1軒のホテルが見つかりました。
深夜3時過ぎに到着したのに、カウンターのお姉さんが優しく「大丈夫だよ」と言って、翻訳機能を使って僕に一生懸命説明してくれたんです。
当時の僕は、英語ができる気配もなくて、伝えたかったことをどう言ったか記憶も曖昧ですが、「深夜3時にめんどくせー」って思われたに違いありません。僕なら絶対にめんどくせーと思います!(笑)
それでも、翻訳機で説明を繰り返してくれるお姉さんのおかげで、無事に宿を確保することができました。
ちょっと高めで200ドルだったけど、もうそれだけで感謝感激。深夜に無事に眠れることが嬉しすぎて、疲れも吹き飛びました。
翌日からは、安宿をサクッと見つけ、5日間のニューヨーク滞在を本当に楽しむことができました。
やっぱり、ニューヨークって最高だなって心から感じました。あの時助けてくれたスタッフの皆さんに、今でも感謝しています。
【トラブル⑤】チケット購入で迷走!移動手段を失った瞬間
ニューヨーク観光を終え、次の目的地はナイアガラの滝。バス移動で行こうと決めていたので、いざグレイハウンドのバスターミナルに向かいました。
グレイハウンドは、アメリカ国内はもちろん、カナダやメキシコにも運行している、バックパッカーにはおなじみの長距離移動手段。安く移動できるので、予算を抑えつつ旅を楽しみたい僕にはぴったりの方法だったんです。
しかし、運命はそう甘くなかった。チケットを購入しようとした途端、またしても英語力の壁が立ちはだかる!
次々にカウンターをたらい回しにされ、結局3時間も無駄に過ごす羽目に…。最初は「英語ができなくてもどうにかなるだろう」と楽観的に考えてたんですが、どうやらそんな甘いものではありませんでした。
途方に暮れてスターバックスでWi-Fiを繋いで調べてみた結果、衝撃の事実が!実は僕が目指していた乗り放題チケットは、数ヶ月前に廃止されていたんです!
「おい、早く言ってよ!」と思いながらも、冷静に考えると、もしかしたら僕の英語があまりにもヘタすぎて、スタッフの頭の中は「一体何を言ってるんだろう?」状態だったのかもしれません。
その情報をもとに予算を組んでいたので、本当にショックでした。
これから先、行く先々でチケットを買っていては、チケット料金は乗り放題チケットとは比べ物にならないほど高くつく…。貧乏旅行が始まる予感。
でも、ナイアガラの滝だけはどうしても見たかったので、意地でもチケットを手に入れてやる!と思い、最終的にはどうにかバスのチケットを手に入れることに成功。
そして、ナイアガラの滝。あの壮大さと美しさは、どんな写真や動画でも伝えきれない…。現地で見た滝の迫力に圧倒され、しばらく言葉を失いました。
水しぶきや滝の音まで体で感じて、やっとここまで来た甲斐があった!と胸がいっぱいに。貧乏旅行の途中で何度も挫けそうになったけれど、ナイアガラの滝を見た瞬間、すべての努力が報われた気がしたんです。
もしチャンスがあれば、絶対に訪れてほしいスポットです!
【トラブル⑥】アトランタで追いかけられる!怖いお兄ちゃん達との遭遇
無事にナイアガラの滝を観光した後、1人旅にも慣れてきた僕は、バスターミナルでのやり取りもだいぶスムーズになってきました。
次の目的地は、1996年のオリンピックが開催されたアトランタです!
アトランタ行きのチケットを買おうと、バスターミナルのカウンターで「I want to go to Atlanta」と言ったものの、全く通じませんでした。
何度も「あとゅらーんた」や「アテョランター」と言い直し、ようやくチケットをゲット。まさに「アメリカでの発音の壁」を痛感した瞬間でしたね。
深夜にアトランタに到着した僕は、1人旅に自信がついてきたこともあり、タクシー代をケチって地球の歩き方に載っていたモーテルまで歩いて向かうことにしました。
これが大失敗の始まりでした。
バスターミナルを出て、わずか数メートルも歩かぬうちに、片腕のない黒人のお兄さんが現れました。彼は、目の前で何かをせがむような動きで僕に近づいてきて、たぶんドラッグ系の取引を持ちかけていたと思います。
何とかその場を振り切ろうと必死で逃げたのですが、すぐに新たな敵が現れました。
今度は、別のお兄さんが「お前、どこ行くんだ?金を出せ、連れて行ってやるから」と、お金をせびりながら、50メートルくらいはついてきました。たぶん、そんなことを言っていたと思いますが、僕の英語力では完全に理解できなかったです。
彼の目は異常に鋭く、まるで何かを探すような視線で僕を睨んでいました。その後ろからも、さらに2人組の男が近づいてきて、声を荒げながら何かを言ってきました。
その瞬間、命の危険を感じた僕は、足がすくみました。心臓がバクバク鳴り、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、必死でその場から逃げます。
幸いにも、何とかモーテルに到着したものの、夜のアトランタは想像以上に恐ろしい場所だということを痛感しました。
翌日、アトランタの観光自体は順調に進み、コカ・コーラの工場やオリンピック公園を楽しみましたが、あの夜の出来事は今でも鮮明に記憶に残っています。
【トラブル⑦】隣のおばさんがデカすぎて席に座れない
アメリカ横断初の長距離移動、ホテル代を浮かせるために夜行バスを選びました。
しかし、最初に抱いていた『座って寝ているうちにテキサスに着くだろう』という甘い幻想は、あっという間に打ち砕かれてしまいました。
バスに乗り込んだ瞬間、目に飛び込んできたのは、僕の体格の3倍ほどもある堂々とした女性で、すでに僕の隣の席に座っていたんです…
というよりも、彼女はすでに僕の席のほぼすべてを占領していたのだ。その席はもはや僕のものではなく、彼女の支配下に置かれていた。
「え?僕の席はどこ?」と困惑し、周りを見渡してみても、すでに夜行バスは満席で、席を移る選択肢は完全に消えていた。仕方なく、僕は右のお尻だけをシートに乗せるという、苦痛を伴う選択をせざるを得なかったです。
こうして、10時間の片ケツ地獄が始まったのだ。
最初の30分は、「まあ、何とかなるだろう」と思っていたが、1時間を過ぎると、右のお尻にだんだんと違和感を感じ始め、2時間経過した頃には、もうその違和感は痛みに変わり、完全に僕の右ケツは自分のものではなくなりました。
隣を見ると、女性は優雅に窓の外を眺めながら微笑んでいる。まるでバス旅行を満喫するシンデレラのようだ。こちらは痛みと格闘しながら過ごしているというのに、この温度差にどうしても納得がいかなかったです。
痛みに耐えながら2時間が過ぎ、もう限界かと思い始めたその時、バスはようやく1回目のトイレ休憩に入りました。
おばちゃんはバスを降り、僕は休憩の時間が分からず、置いて行かれるのが怖かったのでそのままバスに残ることに。
10分後、おばちゃんが幸せそうにマックの袋を両手に持って戻ってきて、再び右ケツ地獄の始まりです。
おばちゃんはマクドナルドのポテトをくれたりと、優しい一面を見せてくれましたが、僕の右ケツは前回より早く限界に達してしまいました…。
その頃、右ケツの痛みを少しでも軽減しようと、バス内で不自然な動きをしたり、立ち上がったりしていました。おばちゃんもその様子に気づき、心配そうな顔をしていました。
さらに3時間ほどの地獄を過ごした後、ようやく2回目のトイレ休憩に入りました。
バスは2回目の休憩へ。
さすがに僕もトイレに行かないとマズいので、急いでバスを降りました。そして用を済ませてバスに戻ると、なんとおばさんが僕の席を離れ、向かい席に座っているではないか。
さらに、僕の席には、5歳くらいの小さな女の子がちょこんと座っている。
何が起きたのか分からずキョロキョロしていると、おばさんがにこやかに話しかけてくる。…たぶん、こう言っていた。
「私、この家族の親戚なの。だから席を交換して、私は3人席を使うわ。あなたも座りやすくなったでしょ?」
見れば、おばさんは 3歳くらいの子を膝に乗せて、3人席の2つを使って優雅に座っていた。
そして、僕がいた席には 5歳の女の子がちょこんと着席。こうして、 ようやく僕のケツが両方とも席に収まり、解放されることになったのだ。
その時の僕は、「なんて優しい人たちなんだ!」と感激していたが、今冷静に考えるとこう言いたい。
「もっと早く変われや!!!」
なぜ 7時間 も経った後にこの決断をしたのか。
最初からそれでよかったんじゃないのか。せめて、1回目の休憩で…。
だが、 そんな疑問を投げかけるには、僕はもう疲れすぎていた。
両ケツをしっかりとシートにつけ、快適な最後の3時間を噛み締めるのだった。
【トラブル⑧】スマホを盗まれる
その後、テキサスを満喫し、次はラスベガス近くのフェニックスに向かいました。
フェニックスに到着したのは夜中過ぎ。アトランタでの恐怖体験から、宿探しは翌日にしようと決めました。
バスターミナルには、僕のようなバックパッカーたちがたくさんいて、皆、携帯を充電しながら床で寝ているんです。
僕も彼らの真似をして、スマホを充電しつつバックパックを枕にして寝ましたが、朝目が覚めると、スマホがなくなっていたんです。このブログに当時の写真がないのも、スマホが盗まれたからです…。
一瞬、頭が真っ白になりました。しかも、ホームシックが限界に近づいていた時期でもあり、状況が頭に入ってこない。とにかく「もう帰ろう」と決め、タクシーに乗り込み、近くの空港に向かいました。
このブログでは書いていませんが、このアメリカ横断一人旅中に、英語が話せないことで人種差別的な経験もしました。それに加え、「旅の友達」と呼べる人も全くできず、アメリカに到着した初日からホームシックになっていたんです。
帰りの飛行機もすでに予約していたのですが、その時はそんなことはどうでもよくなっていました。ホームシックが深刻すぎて、「とりあえず日本に帰りたい」という気持ちが強すぎて、最速の飛行機をその場で手配してしまいました。
帰りの航空券代は20万円を超えていたと思いますが、その金額よりも、帰りたいという気持ちの方が勝っていました。
必死にトラベル英会話本を開き、あらゆるフレーズを駆使して、なんとか最速の便を予約できたんです。
まさに人間、追い詰められると、気持ちだけでなんとかなるんだなと実感しました。英語が通じない状況でも、気持ちが強ければ、言葉は通じるんだなと…。
アメリカ横断一人旅から学んだ教訓と次に活かすこと
そんなこんなで、2週間ほどの僕のアメリカ横断一人旅はあっさりと終わりを迎えました。
日本に帰国してすぐに体重を計ると、なんと10kg以上も痩せていたんです。これもライザップにお金を払ったと思えば、少しは気がラクになりますね(笑)。
この旅を通じて、多くの貴重な経験と教訓を得ました。特に、物理的・精神的な限界を越えた時にこそ、本当に大切なことが見えてくるということを実感しました。
また、言葉の壁や不安、孤独感に向き合いながらも、それを乗り越えていくことで得られる成長の大きさに気づかされました。
この経験を活かすために、次回はどんな旅をしたいか、どんな準備をしていけばいいのか、さらにはアメリカ横断のような大きな挑戦をする前にどう心構えをしておくべきか、その教訓を次の記事でさらに深掘りしていきたいと思います。
次回の記事では、「初心者が旅を成功させるために必要な心構え」について、さらに具体的なステップやアドバイスをお伝えしていきます。もし次の大きな挑戦に向けて心構えを整えたいなら、ぜひお見逃しなく!
人生の旅路も、まさにこのような一歩一歩の積み重ねで成長していくものだと感じています。それでは、次回の記事でお会いしましょう!

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